『ペットは店内に入れません』と、書かれていた。
スーパーの庇の下で、傘を持って、おとなしく待つのである。
いい女が二、三人いたが、日常の女たちは、忙しそうであった。
俺は、飼い主を待つ犬たちと同じ仲間わけだった。
ハンニバル・レクター博士を思わせる、
「さるぐつわ」をされた、いかにも「私は、噛みます!」の犬が、俺のそばにいた。
黙ってるのも気詰まりだった。「お前、噛む?」と訊いてみた。
怖いので、視線は合わないようにした。
犬には、反射的に、噛まれると思う。悪人の証拠である。
犬には、噛まれたことはないが、猫にも、女にも噛まれる。
噛まれるなんて、微塵も考えたことない。人生は、そういうものである。
暇だから、ずらりと並んだ自動販売機を見た。
『パラソル』に買ってもらったジュースを思い出した。
しかし、何を飲んだのか、思い出せなかった。
彼女を思い出すと、頭のなかに、春の光が広がった。
ほんの数ヶ月前なのに、前世のように遠く感じる光だった。
しかし、彼女の記憶に、春はおかしかった。
彼女は白い毛糸の帽子を被って雪のなかにいた。完全に冬である。
最近、夢に、彼女がよくやってくる。
「したくてしたくて、仕方ないの」と、俺の手をとり、路地の奥に引っ張っていく。
彼女は公園に入り、砂場の山に腰掛け、脚を広げ、俺に手を伸ばす。
俺は、両手で太股をなぞり、唇をつけようとする。
彼女は、自分の太股を嫌っていた。
華奢な身体に不釣合いなほど、太股は、太かった。
「ね?」と、彼女は、ミニスカートのように、
バスローブの裾をたくし上げて苦笑するが、俺は彼女の太股が好きだった。
「今日を忘れない?」と、彼女が、訊いた。
「今年の春一番が吹いた日だ」夕日に、彼女の濡れた傘を振り回しながら応えた。
そうだ。彼女がやってきたのは、春一番が吹いた日だった。
「お前、噛む?」と、足元の噛みそうな犬に、もう一度訊いてみた。6/18
Websiteアダムノ林檎に掲載した日記の2日遅れの掲載になっております
2009-06-20 08:15
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